【賀曽利隆 コラム】賀曽利隆のバイク旅(7)「チベット横断」

【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】

》【前回】賀曽利隆のバイク旅(6)「日本巡礼」

全行程なんと7000キロ!! カソリ、チベットを往く!!

前回の最後にふれた「チベット横断」だが、日本を出発したのは2009年7月1日。道祖神のバイクツアー「賀曽利隆と走る!」の第14弾目だ。北京から西安に飛び、ここからバイク旅が始まった。参加者は全部で15人。ぼくは中国製のバイクに乗った。

西安は中国の古都で、昔の長安の都。ここがシルクロードの出発点。我々は西安郊外のシルクロードのモニュメント前にバイクをズラリと並べ、走り出した。
西安から蘭州、嘉峪関(かよくかん)と通り敦煌(とんこう)へ。敦煌でシルクロードを離れ、チベット高原に向かった。

20160822_kasori01▲西安を出発

20160822_kasori02▲蘭州を流れる黄河

手始めに5010メートルの風火峠にアタック。チベット5000メートル級の峠越えの日々の幕開けであった。

西安を出発してから9日目、青海省のゴルムドに到着。ここから青蔵公路(国道109号)でチベットのラサへ。その間では崑崙(こんろん)山脈を越える。我が憧れの「崑崙」。標高4767メートルの崑崙峠に立ったときは、「おー、崑崙よ!」と喜びを爆発させた。さらにそのあと標高5010メートルの風火峠を越えた。
こうしてチベットの5000メートル級の峠越えが始まった。

20160822_kasori03▲崑崙山脈の崑崙峠に立つ

高地の洗礼を受ける。辛い峠越え。

風火峠を下ると、長江の最上流部を渡った。青蔵公路にかかるこの橋が、大河、長江の最初の橋ということになる。この夜はもう最悪。長江を渡ったダダの町にある「長江源賓館」で泊まったのだが、高山病にやられ、息苦しくてほとんど寝られない。横になれないのだ。仕方なくホテルのロビーのソファーに座っていた。この格好だと、すこしは楽に息ができた。ダダの標高は4521メートルだ。

20160822_kasori04▲長江最上流部のダダ川

ダダを出ると青海省とチベット自治区の境になっている標高5231メートルのタングラ峠を越えた。つづいて標高5170メートルの九山峠を越えた。高山病にすっかりやられてしまったので、何とも辛い峠越えとなった。

20160822_kasori05▲標高5231メートルのタングラ峠

20160822_kasori06▲タングラ峠の「峠の茶屋」

ここは天国!?カソリ、復活!!

眠れない、食れないという重度の高山病の状態でラサに到着すると、あまりの空気の濃さに驚かされた。そのおかげで高山病は一発で治った。普通に歩けるようになり、普通に食べられるようになり、普通に寝られるようになった。といってもラサの標高は3650メートル。富士山ほどの高さはあるのだが、4000メートル、5000メートルの世界から下ってくると、まるで天国のような低地に感じられた。

20160822_kasori07▲ラサのポタラ宮

奇跡の連続…世界一の最高峰へのアタックが続く。

ラサからシガツェ、ラツェを経由し、標高5248メートルのギャムツォ峠を越えて世界一の最高峰、チョモランマ(8850m)へ。標高5000メートルのロンボク寺に泊まったが、その日の夕方、チョモランマにかかっていた雲はきれいにとり払われ、その全貌を見ることができた。モンスーンの季節でチョモランマを見るのはほとんど無理だといわれていただけに、もう狂喜乱舞で夕日を浴びたチョモランマを見つづけた。

20160822_kasori08▲夕日に染まったチョモランマ

ティンリンという小さな町で泊まった日は、朝から快晴。平原の向こうには標高8201メートルのチョーユーが聳えたっていた。神々しいほどの山の姿。その左手には標高7952メートルのギャチュンカン。チョモランマも見えていたが、堂々としたチョーユーの山群に圧倒され、ここでは脇役でしかなかった。

20160822_kasori09▲ヒマラヤの8000m峰に向かって突っ走る

ティンリンの町からは標高8012メートルのシシャパンマへ。ヒマラヤ山脈の8000メートル峰の奇跡はさらにつづき、チベッタンブルーの抜けるような青空を背にしたシシャパンマの主峰も見ることができた。シシャパンマの大山塊を左手に見ながら中国製のバイクで走りつづけた。雪山の白さ、間近に見る氷河の白さはまぶしいほど。そして「チベット横断路」の新蔵公路(国道219号)のサガの町に出た。

山、川、湖、そして大砂漠…チベットの大自然を一気に駆け抜ける!!

チベット(西蔵)と新疆ウイグル自治区を結ぶ新蔵公路は劇的に変わった。すっかり道がよくなったのだ。何本もの川には橋がかかり、川渡りをすることは一度もなかった。1999年に走ったときは川渡りの連続で、川の中を走りつづけたこともあった。

ガンジス川上流のヤルツァンポ川と別れ、標高5216メートルのマユム峠を越えると、聖山のカイラスが見えてくる。マナサロワール湖も見下せる。カイラスのすぐ近くまでバイクを走らせ、聖山を仰ぎ見た。

20160822_kasori10▲聖山のカイラス

チベット西部のアリ地区に入ると、何と舗装道路が完成し、延々とアリ(獅河泉)の町までつづいていた。アリからは最後の5000メートル級の峠越え。崑崙山脈の標高5248メートルの界山峠を越え、チベットから新疆ウイグル自治区に入った。世界第2の高峰K2(8611m)の登山口のマザーを通り、4000メートル級、3000メートル級の2つの峠を越え、タクラマカン砂漠のオアシス、カルグリックへ。そこはチベット高原とはあまりにも違う世界。熱風が吹きすさぶ一望千里の大砂漠を走り抜けていく。

20160822_kasori11▲最後の5000m級の峠、界山峠を越える

20160822_kasori12▲一望千里のタクラマカン砂漠を行く

チベット横断は31日目にしてフィナーレを迎える

こうして西安を出発してから31日目の8月11日、中国最西端の町、カシュガルに到着した。全行程7000キロ余の「チベット横断」。というよりも「中国横断」の旅だった。

20160822_kasori13▲カシュガルに到着

賀曽利隆のバイク旅(8)に続く

賀曽利隆

賀曽利隆冒険家・ツーリングジャーナリスト

投稿者プロフィール

1947年東京生まれ。
1968年から2年間をかけてアフリカを一周したのを皮切りに、バイクで世界の6大陸を駆け巡る。
1982年には「パリ→ダカールラリー」に日本人ライダー初の参戦。1987年には「サハラ砂漠往復縦断」。7度の「日本一周」を成しとげ、「70代編日本一周」を目指している。
ツーリングマップル東北の担当ライダーで、東北の道という道を精力的に走っている。
モットーは「生涯旅人!」

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