【賀曽利隆 コラム】賀曽利隆のバイク旅(6) 「日本巡礼」

【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】

》【前回】賀曽利隆のバイク旅(5) 「一宮めぐり」

「日本巡礼」の旅の始まり。まずは「四国88ヶ所めぐり」

「60代編日本一周」の翌年、2009年4月1日に「四国88ヶ所めぐり」を開始した。
相棒はスズキの125㏄スクーター、アドレスV125だ。東京発東京着のバイク旅。「東京→京都」間では東海道53次の全宿場をめぐり、京都から高野山へ。高野山の奥の院を参拝し、和歌山から南海フェリーで徳島に渡った。

20160815_kasori01▲アドレスに乗って「四国88ヵ所」をめぐる

徳島に近い第1番札所の霊山寺を皮切りに、「順打ち」で「四国88ヵ所」をめぐる。
札所をめぐることを「打つ」といっているが、順打ちというのは1番から88番まで、番号順にめぐることをいう。その逆に88番からまわることを「逆打ち」といっている。順打ちよりも逆打ちの方が難しい。
四国88ヵ所は一度に全部をまわる「通し打ち」でめぐった。何回かに区切ってめぐることを「区切り打ち」といってるが、通し打ちの方がより大きな功徳を得られるという。

20160815_kasori02▲「四国88ヵ所」第1番の霊山寺。見事な山門

第1番の霊山寺を皮切りに、阿波→土佐→伊予→讃岐というルートで第88番の大窪寺までの88ヵ所をめぐると、じつにうまい具合に四国を一周できる。
第1番から第23番までが阿波国(徳島県)の「発心の道場」、第24番から第39番までが土佐国(高知県)の「修行の道場」、第40番から第65番までが伊予国(愛媛県)の「菩提の道場」、第66番から第88番までが讃岐国(香川県)の「涅槃の道場」になっている。
「四国88ヵ所めぐり」に合わせて、四国4国の一宮をめぐり、さらに四国本土の東西南北4端もめぐった。

バイクウエアと白装束・輪袈裟のコーディネート

巡礼の用品一式は第1番の霊山寺の売店で買いそろえた。
白装束をバイクのウエアの上に着た。輪袈裟を首にかけ、諸々のモノが入った頭陀袋を肩にかけるという格好でアドレスに乗った。白装束の背には「南無大師遍照金剛」と弘法大師(空海)の尊号(宝号)が墨書きされている。

20160815_kasori03▲第1番霊山寺の売店で巡礼の用品を買いそろえる

「同行二人」と書かれた頭陀袋の中には数珠と経本(般若心経)、線香、ローソク、納経札、納経帳、それと本尊の御影保存帳が入っている。頭陀袋には鈴をつけているのだが、「チリーン、チリーン…」という鈴の音は心に響き、じつに耳に残るもの。
同行二人というのは、いつもお大師様(弘法大師)が一緒に札所をめぐってくれるているという意味だ。

20160815_kasori04▲「四国88ヵ所」ではあちこちでお遍路さんに出会う

真言を使い分け、巡礼を進める。身も心も研ぎ澄まされていく。

さてどのようにして巡礼するかというと、札所に着くと山門で合掌する。見事な山門の札所が多いのが特徴。
次に手水舎で手を清める。この手水舎も見事な水口のものが多い。鐘をつけるところでは鐘をつき、まずは本堂を参拝。線香とローソクをあげ、自分の名前を書いたお札を納め、賽銭(一律100円と決め、100円玉にした)を入れ、まずは合掌する。
次に真言を唱える。第1番の霊山寺だと本尊が釈迦如来なので「のうまくさんまんだぼだなんばく」と3度、真言を唱える。第2番極楽寺の本尊は阿弥陀如来なので、真言は「おんありみたていせんからうん」となる。そのあとで般若心経を1巻上げる。大師堂でも同じように合掌し、真言を唱え、般若心経を上げる。

本堂と大師堂での参拝を終えると納経所に行き、納経帳に朱印をもらい、墨書きをしてもらう。そして本尊の御影(墨絵)を保存帳に差し込んでいく。朱印代が300円、それと賽銭が200円なので、1寺あたり500円。88ヶ寺を合計すると4万4000円になる。
「発心の道場」の阿波ではたどたどしくあげていた般若心経も、「修行の道場」の土佐に入る頃には自分でもビックリするほど、じつに上手に上げられるようになった。

20160815_kasori05▲「四国88ヵ所」第88番の大窪寺でガッツポーズ

旅は続く。フェリーを駆使し、「伊予大島88ヵ所めぐり」、「小豆島88ヵ所めぐり」へ

「四国88ヵ所めぐり」を終えると、瀬戸内海の島々にある「島四国88ヵ所」の代表として「伊予大島88ヵ所」をめぐり、四国本土に次ぐ規模の「小豆島88ヵ所」をめぐった。全部合わせると、264ヵ所の札所をめぐったことになる。
最後に第1番の霊山寺に戻ってお礼参拝をし、徳島からフェリーで和歌山に戻り、高野山へ。弘法大師がまだ生き続けているといわれる奥の院で最後の朱印をもらった。

京都から東海道の復路編を走って東京に戻ったのは5月10日。まずは「日本巡礼」第1弾目の「四国88ヵ所めぐり」を終えた。

「日本巡礼」の旅は次のフェーズへ。「日本百観音霊場めぐり」を開始。

つづいて5月13日からは「日本巡礼」の第2弾目、「日本百観音霊場めぐり」を開始する。同じアドレスV125を走らせ、「西国33ヵ所」、「坂東33ヵ所」、「秩父34ヵ所」の札所をめぐった。「西国33ヵ所めぐり」の「東京~京都」間では中山道を往復し、中山道69次の全宿場をめぐった。

20160815_kasori06▲「西国33ヵ所」第1番の青岸渡寺

20160815_kasori07▲「西国33ヵ所」第33番の華厳寺

関西と関東の一宮もめぐった。「日本百観音霊場めぐり」を終え、善光寺のお礼参拝を終えて6月20日に東京に戻った。
「日本巡礼」の全行程は1万6624キロになった。

20160815_kasori08▲アドレスを走らせ「坂東33ヵ所」をめぐる

20160815_kasori09▲「秩父34ヵ所」第1番の四萬部寺

「日本巡礼」を果たしたカソリの次なる目的地は・・・

20160815_kasori10▲「日本巡礼」を終えて東京・日本橋に戻ってきた

「日本巡礼」を終えた10日後には「チベット横断」に出発。中国製のバイクで5000メートル級の11峠を越えた。観音信仰の聖地、ラサではポタラ宮の十一面観音を参拝。

20160815_kasori11▲チベットのラサのポタラ宮

同じく十一面観音をまつる大昭寺を参拝する。大昭寺ではチベット各地から五体投地しながら何ヵ月もかけて、ここまでやってきた大勢の人たちを見た。

20160815_kasori12▲チベットのラサの大昭寺で五体投地する巡礼者たち

そんな巡礼者たちの姿を見ていると、「四国八十八ヵ所めぐり」や「百観音霊場めぐり」で出会ったお遍路さんたちの姿が目に浮かぶ。「日本巡礼」を終えたあとなので、日本とチベットが観音信仰を通して強く結ばれているのを知るのだった。

賀曽利隆のバイク旅(7)に続く

賀曽利隆

賀曽利隆冒険家・ツーリングジャーナリスト

投稿者プロフィール

1947年東京生まれ。
1968年から2年間をかけてアフリカを一周したのを皮切りに、バイクで世界の6大陸を駆け巡る。
1982年には「パリ→ダカールラリー」に日本人ライダー初の参戦。1987年には「サハラ砂漠往復縦断」。7度の「日本一周」を成しとげ、「70代編日本一周」を目指している。
ツーリングマップル東北の担当ライダーで、東北の道という道を精力的に走っている。
モットーは「生涯旅人!」

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