【賀曽利隆 コラム】賀曽利隆のバイク旅(3) 「岬めぐり」

【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】

》【前回】賀曽利隆のバイク旅(2) 「温泉めぐり」

ぼくが初めて岬に興味を持ったのは、「30代編・日本一周」(1978年)の時のことだった。50ccバイクのスズキ・ハスラー50(空冷)で64日をかけ、1万9000キロを走った。

日本列島の海岸線をメインコースにし、日本一周の自分なりのルールとして、日本本土の最東西南北端に立つことにした。最北端の宗谷岬(北海道)、最東端の納沙布岬(北海道)、最南端の佐多岬(鹿児島)はよく知られているので何ら問題なく行けた。ところが最西端の岬は、探し出すまでが大変だった。

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▲ノシャップ岬(北海道)
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▲佐多岬(鹿児島)

「日本本土最西端」ということを地元の人も知らない!?

当時の国鉄の最西端駅の平戸口駅に行ってもわからない。町役場で聞いてもわからない。
地図で当りをつけて神崎漁港に行き、浜で魚を干していたオバチャンたちに聞いたが、地元の人たちでさえ、ここが日本本土最西端の地であることを知らなかった。
目の前の西の海に平戸島が横たわっているので、最西端の意識がないのは当然のことだったといえるが。

やっとの思いで神崎鼻に立つと、波風にさらされて白いペンキのはげかかった木標が立っていた。それにはかすかに読める字で「本土最西端 神崎鼻」と書かれてあった。

20160727kasori01▲「30代編日本一周」(1978年)の神崎鼻(長崎)

変わりゆく「岬」、変わらない「風景」

1989年の「40代編・日本一周」でも神崎鼻に立った。神崎鼻は劇的に変わっていた。
町の案内図にはひときわ目立って「日本本土最西端の地」の文句が書き込まれ、神崎鼻に入る道の角には「日本本土最西端の地・入口」の看板が立っていた。

神崎漁港まで来ると、神崎鼻への案内板まで出来ていた。コンクリートの遊歩道を歩いた行き止まり地点には「日本本土最西端の地 北緯35度12分53秒 東経129度33分17秒」と掘り刻まれた立派なモニュメントが海を見下ろす岩の上に建っていた。

20160727kasori02▲「60代編日本一周」(2008年)の神崎鼻(長崎)

1999年の「50代編・日本一周」でも神崎鼻に行ったが、岬の台上は「神崎鼻公園」になっていた。きれいな芝生の公園には「四極交流広場」ができ、日本本土の最東西南北端の4極を示すモニュメントもできていた。
20年間でこうも変わるものなのかと驚かされたが、「日本最西端碑」の前から眺める海とその向こうの平戸島の風景にはまったく変わりがなかった。

本格的に「岬めぐり」を開始し、現在までに259岬!

20160727kasori09▲四国最南端の足摺岬(高知)の絶景。黒潮の匂いがたまらない!

「30代編・日本一周」で岬に目覚めたカソリだが、「40代編・日本一周」では岬めぐりを大きなテーマにし、全部で100岬をめぐった。
このときは日本最西端の西崎(沖縄・与那国島)、有人島日本最南端の久成崎(沖縄・波照間島)に立った。「50代編・日本一周」では83岬に立った。そして「60代編・日本一周」では144岬に立った。
「40代編・日本一周」以降、岬の数をカウントしているが、現在までに259岬になっている。

20160727kasori07▲日本最北端の宗谷岬(北海道)に到達。猛烈な暴風雪が吹き荒れている

我らライダーは道の尽きるところまで走って行きたいという意識がきわめて強いので、その意味でいったら岬は絶好のツーリングポイントだ。岬に立つと「あー、遠くまでやってきた!」というしみじみとした情感というか旅情を味わえる。
岬は旅心を刺激するだけでなく、じつに日本的なのである。それは日本の近隣諸国をまわってみて、初めてわかることだった。

20160727kasori08▲本州最東端のトドヶ崎(岩手)に到達。ここには東北一のノッポ灯台

「岬文化」は日本だけ!? 韓国一周で分かった独自文化

2000年には韓国を一周したが、そのときは韓国本土の最東西南北端に立った。驚いたのは行く先々で韓国人に韓国本土の東西南北端を聞いてみるのだが、誰も知らない。かろうじて北朝鮮を見下ろす高城統一展望台が知られている程度だった。

20160727kasori05▲韓国本土最南端の土末。対岸の島へフェリーが出ている

最南端は木浦に近い「土末」。いかにもユーラシア大陸、ここに尽きるという地名なのだが、岬の突端には何もない。日本だったら「土末岬」ということで一大観光地になるところだが…。
最西端はソウルにも近い万里浦。ここは海水浴場としてよく知られているが、その西端の岬までいく人はまずいない。最東端は浦項に近い旭日湾に突き出た小半島。「韓国一周」ではスズキDJEBEL250XTのGPSバージョンを使ったので、海岸線を何度も往復し、東経129度35分01秒の地点を韓国本土の最東端と特定した。近くには「海成水産(ヘソンスサン)」という水産会社の生け簀があった。

20160727kasori06▲韓国本土最東端近くのモニュメント。ここには六角の灯台もある

これはどういうことかというと、韓国には岬がないので、韓国人の最端への意識が極めて薄いからだとカソリは考えた。

韓国には半島名はあっても岬名はほとんどないといっていい。複雑な地形の海岸線が長くつづく朝鮮半島なので、自然の岬は無数にあるのだが。詳細な朝鮮半島の全図を見ると北朝鮮に1ヵ所、韓国に2ヵ所、「串」のついた岬名を確認できたが、それだけだ。
ちなみに日本には「岬」、「崎」、「埼」、「碕」、「鼻」などのついた岬名は何百とある。おそらく1000は超えるであろう。

中国にもなかった「岬」

2002年には「旧満州走破行」と称して、110㏄バイクで中国の東北地方を一周した。この時、遼東半島突端の岬に名前がないのに驚き、中国にも岬がないことがわかったのだ。日本以上に中国文化の影響の強い韓国に岬がないのは、中国に岬がないからだと考えた。

我々がふだん使っている「岬」は漢字だが意味が違う。中国の「岬」というのは山並みが平野に落ち込む先端の部分、日本でいえば「山崎」のことなのである。「みさき」は「さき」に「み」をつけた合成語の「御崎」のこと。その御崎に岬の字を当てた。日本人にとって「崎」は神をまつる神聖な場所なので「御崎」として神聖視しているのだ。

20160727kasori10▲本島最南端の喜安武岬(沖縄)に落ちる夕日。「平和の塔」が赤く染まる

「岬めぐり」をしていく中で、岬というのがきわめて日本的というか、日本らしい場所であることがよくわかった。ということでカソリ、まだまだ未踏の岬は数多くあるので、これからもバイクを走らせて1岬でも多くの岬に立ちたいと思っている。

賀曽利隆のバイク旅(4)に続く

賀曽利隆

賀曽利隆冒険家・ツーリングジャーナリスト

投稿者プロフィール

1947年東京生まれ。
1968年から2年間をかけてアフリカを一周したのを皮切りに、バイクで世界の6大陸を駆け巡る。
1982年には「パリ→ダカールラリー」に日本人ライダー初の参戦。1987年には「サハラ砂漠往復縦断」。7度の「日本一周」を成しとげ、「70代編日本一周」を目指している。
ツーリングマップル東北の担当ライダーで、東北の道という道を精力的に走っている。
モットーは「生涯旅人!」

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