【賀曽利隆 コラム】賀曽利隆のバイク旅(2) 「温泉めぐり」

【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】

》【前回】賀曽利隆のバイク旅(1) 「峠めぐり」

前回は、我が「峠記念日」についてふれた。それは1975年3月28日のことで、埼玉県の国道299号の高麗峠が第1番目。現在までの41年間で1,684峠を越えた。目指すのは日本の全峠踏破だ。

我が「温泉記念日」と、目指す日本全国「全湯制覇」

カソリのバイク旅の「峠」と並ぶもうひとつのテーマは「温泉」。我が「温泉記念日」はそれよりも早い1975年2月21日のことになる。第1番目は広島県の湯来温泉で、それ以来、現在までに1,889湯の温泉に入っている。目指すのは峠と同じで、日本の全湯制覇なのである。

20160722_kaso011▲「30代編日本一周」(1978年)で入った切明温泉(長野)の露天風呂。河原を掘ると湯が湧き出てくる

ぼくの温泉数のカウントの仕方は1温泉地1湯。たとえば別府温泉とか草津温泉のような大温泉地でも、共同浴場とか宿の湯に入ればもうそれが別府温泉や草津温泉の1湯で、1ヵ所の大温泉地でいくつかの温泉数をかせぐようなことはできないルールだ。

世界でも冠たる「温泉王国」の日本。こんな国は他にはない!

なぜ温泉を日本のバイク旅のテーマにしたかというと、世界の六大陸を見てまわって感じたのは、日本という国は世界でも冠たる「温泉大国」だということがわかったからだ。

たとえばオーストラリアでは2万キロ以上を走って大陸を一周して全温泉に入ったが、その数は10湯も満たない。それに対して我が日本列島には北から南まで、それこそ無数の温泉がある。

※写真は日光湯元温泉の温泉寺の湯。寺の湯に入るとありがた味が増してくるようだ。

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我々日本人はそれが当たり前のことだと思っているが、このような国は世界中を探してもほかにはない。

ということで、日本中の温泉をめぐりながら日本という国を見てみようと思ったのだ。

20160722_kaso06▲田沢湖高原温泉の湯につかりながら田沢湖を見下ろす。こんな情景も日本ならではだ。

想像を超える温泉数にカソリ、「300日3,000湯」計画を発起

しかし日本は想像した以上の「温泉大国」。

日本の全湯制覇などはもっと簡単にできると思っていたが、下北半島の大間温泉で1,000湯を達成したのは、温泉めぐりをはじめてから20年後のことだった。その先の2,000湯、3,000湯の達成はいつになることやら…。

そこでカソリは一念発起して、「300日3,000湯」計画を立ち上げた。2006年のことだった。その時点での温泉数は1,721湯だったが、一連の温泉めぐりとは別に、300日間で3,000湯の温泉に入ろうとしたのだ。

20160722_kaso09▲豆腐屋で鍵を借りて入った京塚温泉の大露天風呂。やったね~という気分

「300日3,000湯」に出発したのは2006年11月1日。日本を8エリアに分けて1年間をかけての「温泉日本一周」。
この時はおおいなる不安をかかえての旅立ちになった。ほんとうに3,000湯の温泉に入れるだろうか…という不安もあったが、それ以上に自分の体(心臓)がもつだろうか…という不安の方がはるかに大きかった。

心臓発作に見舞われ、「はしご湯」に対する不安を抱えながら

50代に突入してすぐにカソリは心臓発作に見舞われ、あやうく命を落とすところだった。温泉のはしご湯というのは心臓への負担がきわめて大きいのは体験上、よくわかっていた。それでも「300日3,000湯」はやってみたかったのだ。まさに自分の命を賭けた大勝負だった。

一番の難関は真冬。それも舞台は信州だ。バイクでの温泉めぐりなので、顔面は凍傷にやられ、ひどい顔になった。温泉につかり、火照った体で氷点下の中を走り出すと、まさに急速冷凍。最大限に開いた血管が一気に縮み、心臓もキューンと音をたてて縮んでいくかのようだった。それを1日何回も繰り返すのだ。おまけに雪道やアイスバーンとの闘い。そんな厳しい冬を乗り切ったときは、「もうこれで心臓は大丈夫!」といった確信を持つことができた。

20160722_kaso04▲屈斜路湖畔の和琴温泉。無料湯の大露天風呂。真冬に入ったときは氷点下26度

20160722_kaso03▲屈斜路湖畔の池ノ湯温泉。無料湯の大露天風呂。北海道の自然を感じさせる

春になると今度は花粉症との猛烈な闘い。杉花粉の舞う中をバイクで突っ走るので、ただでさえひどい症状は、よけいにひどくなった。くしゃみ連発、鼻みずジュルジュル。夜は鼻づまりでほとんど寝られない。だがそんな花粉症地獄も温泉に救われた。温泉の湯につかっている間だけは、症状がきわめて軽くなるのだ。

20160722_kaso07▲鶴ノ湯温泉の大露天風呂。目のさめるような白湯が印象的

真夏の温泉めぐりも辛いものだった。山形盆地では38度という猛暑の中、連続して高温湯の温泉に入ったので、すっかり湯に当たった。腰が抜けてしまったかのようで、歩くことさえ容易ではなかった。それでも次の温泉へと、バイクにしがみつくように乗っていった。

こうして「1日10湯」を目標にして温泉に入りつづけたが、最高は1日27湯。その記録は日本一の「温泉密集地帯」といっていい津軽で達成した。3,000湯目は新潟県の広田温泉。10月20日のことだった。

20160722_kaso021▲「300日3,000湯」で3,000湯を達成した広田温泉(新潟)。いやぁ、この時はうれしかった!(写真提供 昭文社:東日本の温泉)

そして出発してから1年後の10月31日に「300日3,000湯」を終えたが、東京の蒲田温泉が最後で3,063湯目になった。足掛け1年間、正味296日で達成した3,063湯はギネスの世界記録になっている。

さらにこのあと1ヵ月はエクストラ編でまわり、翌2,008年もその延長でまわり、3,138湯で「300日3,000湯」を終えた。とはいっても日本はとんでもない「温泉大国」で、3,000湯をめぐれば日本のほぼすべての温泉地をまわれると思ったのだが、甘かった…。おそらく温泉地は4,000近くはあることだろう。

20160722_kaso05▲恐山境内の温泉はどこもいい。ヒバの湯船、ヒバの洗い場、ヒバの湯屋

20160722_kaso08▲大塩温泉の露天風呂。季節限定の露天風呂の湯につかり東北の自然を満喫

まだまだ「温泉のカソリ」、全湯制覇の旅は続く

2009年からはまた元の「温泉めぐり」にリセットし、1,721湯から数を積み足し、現在までの温泉数は冒頭でもふれたように1,889湯になっている。これからも日本の全湯制覇を目指して1湯でも多くの温泉に入りつづけようと思っている。

賀曽利隆のバイク旅(3)に続く

賀曽利隆

賀曽利隆冒険家・ツーリングジャーナリスト

投稿者プロフィール

1947年東京生まれ。
1968年から2年間をかけてアフリカを一周したのを皮切りに、バイクで世界の6大陸を駆け巡る。
1982年には「パリ→ダカールラリー」に日本人ライダー初の参戦。1987年には「サハラ砂漠往復縦断」。7度の「日本一周」を成しとげ、「70代編日本一周」を目指している。
ツーリングマップル東北の担当ライダーで、東北の道という道を精力的に走っている。
モットーは「生涯旅人!」

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