【賀曽利隆 コラム】SSTR参戦記(4)

【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】

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再び千里浜へ・・・下関から「一人SSTR」の開始!

6月5日4時、下関の「東横イン」を出発。といっても日の出の時刻にはまだほど遠い。青森と比べると、1時間ほど日の出は遅くなる。日本列島は東西に長いのだ。

ということでまだ暗い関門海峡の海岸に立ち、V-ストローム650XTのエンジンを始動させ、走りだした。「一人SSTR」の開始だ。

下関ICで中国道に入り、4時30分、王司PA(18キロ)に到着。今回はラリー帳がないので、カソリのメモ帳にPA、SAのスタンプを押していく。

早朝から快走!次々とスタンプをためていく

5時00分、美東SA(61キロ)に着くと、あたりはやっと明るくなった。このころが日の出の時刻なのだが、天気が悪いので朝日は見られない。

中国道の美東SAで夜明けを迎える▲中国道の美東SAで夜明けを迎える

山口JCTで山陽道に入った。山陽道の完成後、山陽道の方が圧倒的に交通量が多くなっているので無意識に入ってしまったが、そのまま中国道を走るのと比べると、時間的にはどちらの方が早いのか定かではない。

まあ、それはおいて6時30分、宮島SA(190キロ)に到着。ここで朝食。「きつねうどん」を食べた。

山陽道の宮島SAで朝食。「きつねうどん」を食べる
▲山陽道の宮島SAで朝食。「きつねうどん」を食べる

カソリのメモ帳にスタンプを押していく
▲カソリのメモ帳にスタンプを押していく

8時30分に吉備SA(363キロ)、9時30分に龍野西SA(430キロ)に着く。神戸JCTからは中国道経由で舞鶴若狭道に入り、11時15分、綾部PA(589キロ)に着く。ここにはスタンプはなかった。

山陽道の吉備SA▲山陽道の吉備SA

舞鶴若狭道の全線が開通したので便利になった。そのおかげで中国地方から北陸地方へ、一気に行かれるようになった。

下関から863キロ。千里浜に到着!のはずが・・・

敦賀JCTで北陸道に入り、13時40分に尼御前SA(778キロ)、14時15分に金沢森本IC(826キロ)に到着。金沢森本ICで北陸道を降りると国道159号経由でのと里山海道に入り、14時45分に千里浜ICに到着。ここでいったん千里浜に降りた。下関から863キロ。

北陸道の南条SAで昼食。「カレーライス」を食べる
▲北陸道の南条SAで昼食。「カレーライス」を食べる
金沢森本ICで北陸道を降りる
▲金沢森本ICで北陸道を降りる

だが、これでは終わりにしないカソリ。もう一度、千里浜ICからのと里山海道に入ると穴水ICまで行き、能越道→珠洲道路で珠洲へ。珠洲からは県道12号→県道52号→県道28号で道の駅「狼煙」へ。

16時15分、道の駅「狼煙」に到着。カソリのメモ帳に最後のスタンプを押すと、そのあと豆乳のソフトクリーム(300円)を食べた。

道の駅「狼煙」に到着▲道の駅「狼煙」に到着

道の駅「狼煙」の豆乳のソフトクリーム▲道の駅「狼煙」の豆乳のソフトクリーム

能登半島突端の禄剛崎へ。「狼煙」の歴史に触れる

さらに能登半島突端の禄剛崎まで歩いていく。この岬は新第三紀層の泥岩から成る海岸段丘で標高46メートル。切り立った岬先端の断崖上に立つと、目の前には日本海の大海原が広がっている。水平線上に佐渡が見える日もあるという。

禄剛崎の園地▲禄剛崎の園地

断崖下の千畳敷と呼ばれる岩礁地帯に波が打ちつけ、白く砕け散っている。禄剛崎は古くから日本海航路の重要な地点で、この辺りの地名が狼煙であることからもわかるように、海岸防備の拠点とされてきた。奈良時代にはすでに狼煙台が置かれていたという。

禄剛崎の千畳敷▲禄剛崎の千畳敷

岬の先端には明治16年に完成したフランス人の設計による灯台。その手前には「日本列島ここが中心」の碑が建っている。なるほど禄剛崎を中心にして円を描くと、日本本土最北端の宗谷岬と日本本土最南端の佐多岬が同心円上にくるのだ。



禄剛崎の灯台
▲禄剛崎の灯台
禄剛崎の「日本列島ここが中心」の碑
▲禄剛崎の「日本列島ここが中心」の碑

誰もいない、ゲートもない千里浜へ!カソリ、感動のゴール!

道の駅「狼煙」を出発。来た道を引き返し、千里浜のなぎさドライブウェイをビクトリーラン。「一人SSTR」の最後にふさわしく、誰もいないゴールに到着。砂浜にはもちろんゲートもない。

千里浜のなぎさドライブウエイをビクトリーラン
▲千里浜のなぎさドライブウェイをビクトリーラン
千里浜から見る日本海
▲千里浜から見る日本海

「下関→千里浜」は1,108キロ。「青森→千里浜」より114キロ少なかった。その夜は温泉宿の「ゆ華」に泊まり、湯から上がると「一人SSTR」の完走を祝って祝杯をあげた。

「ゆ華」で祝杯を上げる▲「ゆ華」で祝杯を上げる

翌日も寄り道三昧。存分に楽しんだ5,703キロ!

翌6月6日は能登半島を一周し、七尾からは能越道→東海北陸道→東海環状→東名と高速道を走りつないだ。秦野中井ICで東名を降り、伊勢原市の我が家に戻ってきたのは6月7日の午前2時。全行程5,703キロの「SSTR2015」だった。

いや~、おもしろかった。存分に楽しませてもらった。家に帰りつくと、ただひたすらにバイクを走らせた「SSTR」の一日が、「一人SSTR」の一日が無性にいとおしくなってくるのだった。

賀曽利隆

賀曽利隆冒険家・ツーリングジャーナリスト

投稿者プロフィール

1947年東京生まれ。
1968年から2年間をかけてアフリカを一周したのを皮切りに、バイクで世界の6大陸を駆け巡る。
1982年には「パリ→ダカールラリー」に日本人ライダー初の参戦。1987年には「サハラ砂漠往復縦断」。7度の「日本一周」を成しとげ、「70代編日本一周」を目指している。
ツーリングマップル東北の担当ライダーで、東北の道という道を精力的に走っている。
モットーは「生涯旅人!」

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