【賀曽利隆 コラム】SSTR参戦記(3)

【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】

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今度は下関→千里浜の「一人SSTR」。一路、下関へ!

「SSTR2015」では「青森港→千里浜」の1,222キロを走ったが、これだけではまだ終わらない。ひきつづいて「下関→千里浜」の「一人SSTR」をするのだ。

5月31日12時30分、SSTR(サンライズ・サンセット・ツーリングラリー)のイベントが終了すると千里浜を出発し、「海道を行く!」で下関を目指す。その間ではV-ストローム650XTで岬めぐりをするのだ。

千里浜を出発▲千里浜を出発

第1番目の岬は石川県の加佐岬。岬の展望台に立ったあと、片山津温泉、山代温泉と温泉をめぐり、山中温泉の「山中グランドホテル」に泊まった。夕食には能登の郷土料理の「いしる鍋」が出た。能登に伝わる伝統的な魚醤油の「いしる」を使った鍋料理。

「山中グランドホテル」の夕食に出た「いしる鍋」▲「山中グランドホテル」の夕食に出た「いしる鍋」

福井県では2つの岬の灯台へ

福井県に入ると越前海岸の名所の東尋坊に立ち、スイセンの自生地で知られる越前岬の灯台まで登った。

越前海岸の名所の東尋坊
▲越前海岸の名所の東尋坊
越前岬の灯台
▲越前岬の灯台

敦賀からは敦賀半島に入り、道が尽きる立石漁港にV-ストロームを止め、立石岬の灯台まで歩いていく。高さ100メートルほどの山上にあるので、かなりきつい登りだ。

山道を登りつめ、最後は石段を駆け上がって灯台に着く。古びた石造りの白い灯台には「1881年7月20日初点灯」と英文で書かれていた。

立石岬の灯台▲立石岬の灯台

常神半島でも道の尽きる常神漁港まで行き、常神岬へ。30分ほど山道を歩き、山頂に立つ灯台まで登った。

常神岬の灯台▲常神岬の灯台

大汗をかいて、山道を登ったご褒美

福井県から京都府に入ると、東舞鶴と西舞鶴に分かれている舞鶴の町を走り抜け、国道175号の念仏峠上にあるふじつ温泉に泊まった。

大浴場の湯から上がると、生ビールをキューッと飲み干す。立石岬、常神岬と大汗をかいて岬の灯台まで登ったので、生ビールはひときわうまかった!

ふじつ温泉に泊まる。湯上がりの生ビールがうまい!▲ふじつ温泉に泊まる。湯上がりの生ビールがうまい!

定番の朝湯に入り、近畿地方最北端へ

翌日は朝湯に入り、朝食をたべてふじつ温泉を出発。

ふじつ温泉の朝湯に入る▲ふじつ温泉の朝湯に入る

丹後半島北端の経ヶ岬へ。ここは近畿地方最北端の地でもある。

経ヶ岬は第三紀の安山岩から成っている。周囲は高さ数十メートルの海食崖。名前の由来は安山岩の柱状節理が巻きかけの経巻に見えるからだとか、岬の東側にある海心洞に文殊菩薩像と万巻経を納めたからだといわれている。

ここは昔も今も海の難所。対馬海流などの潮流が激しく、流れが複雑なため、難破する船が後をたたない。大汗をかいて岬の突端まで歩き、明治31年初点灯という灯台から魔の海を見下ろした。しかしこの日の日本海は穏やかで、波ひとつなかった。

経ヶ岬の灯台▲経ヶ岬の灯台

海道を行く景色の変化。灯台巡りと出雲神話の伝説

兵庫県に入り、海沿いのルートで鳥取県に入る。北陸から近畿、そして中国へと次々に世界が変わっていく。その変化を見られるのが「海道を行く!」の大きな魅力だ。

JR山陰本線の列車が走り過ぎていく▲JR山陰本線の列車が走り過ぎていく

鳥取の「東横イン」でひと晩泊り、島根県に入ると、島根半島の地蔵崎と日御碕の2つの岬に立った。

島根半島東端の地蔵崎には美保関灯台があり、そこからは隠岐がよく見える。地蔵崎は古来「美保之碕」と言われてきたが、出雲神話の「国引伝説」では能登半島から引っ張られてきたことになっている。海越しに眺める大山を杭にし、綱を掛けて引っ張ったというのだ。皆生温泉から境港にかけて延びる弓ヶ浜は、その綱の跡だという。

地蔵岬の灯台▲地蔵岬の灯台

島根半島西端の日御碕には高さ44メートルの日本一のノッポ灯台が立っている。息を切らし、足をガクガクさせて登りつめた灯台の上からの眺めはすばらしいもので、島根半島北岸の海岸線を一望する。

日御碕の灯台▲日御碕の灯台

ここは出雲神話の「国引伝説」によると、朝鮮半島から引っ張られたことになっている。出雲・石見国境の三瓶山に綱を掛けて引っ張り、その綱の跡が園の長浜だという。

また島根半島は隠岐やロシアの沿海州辺りから引っ張られてきたことになっている。日御碕に立って地図を見れば見るほど、出雲神話の「国引伝説」が真に迫ってくるのだった。

カソリの「40代編日本一周」「50代編日本一周」を紡ぐ岬、毘沙ノ鼻

出雲市の「東横イン」に泊まると、翌日は山口県に入り、本州最北西端の川尻岬に立ち、つづいて本州最西端の毘沙ノ鼻に立った。

本州最北西端の川尻岬▲本州最北西端の川尻岬

カソリの「40代編日本一周」(1989年)のときは大変だった。毘沙ノ鼻という岬名も一般的ではなく、誰も知らなかった。どこが本州最西端の岬なのかわからず、本州最西端の漁港、吉母漁港で何人もの人たちに聞いてまわったほど。

そして探し出した本州最西端の岬はあまりにも寂しい所だった。断崖となって海に落ちる岬周辺の海岸は下関市のゴミ処分場で、ゴミをついばむカラスの群れが空を真っ黒に染め、すさまじい鳴き声を上げていた。

それがカソリの「50代編日本一周」(1999年)の時には、何と国道191号には「本州最西端の地」の道標が立ち、岬への道の途中にも案内板が立っていた。まったく迷うこともなく、すんなりと本州最西端の毘沙ノ鼻まで行けたのだ。

岬の入口には駐車場ができ、岬の突端には展望台ができ、そこには「本州最西端到着証明書」が置かれてあった。

本州最西端の毘沙ノ鼻▲本州最西端の毘沙ノ鼻

ゴールの下関。明日は「一人SSTR」のスタート地点!

そんな毘沙ノ鼻を最後に下関へ。下関駅前に到着したのは19時15分。千里浜からは1,344キロ。

下関駅前に到着!▲下関駅前に到着!

駅近くの「東横イン」に泊まり、大衆食堂「一善」で夕食。「クジラ汁定食」(900円)を食べた。明日はいよいよ、「下関→千里浜」の「一人SSTR」だ。

【賀曽利隆 コラム】SSTR参戦記(4)に続く

賀曽利隆

賀曽利隆冒険家・ツーリングジャーナリスト

投稿者プロフィール

1947年東京生まれ。
1968年から2年間をかけてアフリカを一周したのを皮切りに、バイクで世界の6大陸を駆け巡る。
1982年には「パリ→ダカールラリー」に日本人ライダー初の参戦。1987年には「サハラ砂漠往復縦断」。7度の「日本一周」を成しとげ、「70代編日本一周」を目指している。
ツーリングマップル東北の担当ライダーで、東北の道という道を精力的に走っている。
モットーは「生涯旅人!」

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