【賀曽利隆 コラム】SSTR参戦記(2)

【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】

》【前回】SSTR参戦記(1)

極限のSSTRへの挑戦。青森港からスタート!

5月30日4時、青森駅前の「東横イン」を出発。いよいよSSTR(サンライズ・サンセット・ツーリングラリー)の開始だ。青函連絡船の「八甲田丸」が停泊している青森港の埠頭まで行き、V-ストローム650XTを止めた。

朝日が昇る時間の5時09分になったところで携帯でV-ストロームの写真を撮り、SSTRの事務局に送る。といっても青森港には冷たい海霧のヤマセが押し寄せ、朝日どころか視界はきわめて悪かった。5時15分、青森港を出発。V-ストロームのメーターは6,444キロだ。

青森駅前の「東横イン」を出発
▲青森駅前の「東横イン」を出発
青森港出発時のV-ストロームのメーター
▲青森港出発時のV-ストロームのメーター

津軽SAで最初のスタンプをゲット!

青森市内から国道7号経由で東北道の青森料金所へ。東北道に入ると一路南へと走る。津軽SA(4時45分・46キロ)でラリー帳のスタンプシートに津軽SAのスタンプを押す。このようにSSTRでは通り過ぎていく高速道路のSAやPA、道の駅でスタンプを押していく。

ここでは24時間営業の「ファミリーマート」でモーニングコーヒーのカンコーヒーを飲んだ。このあたりまで来るとヤマセは消え去り、残雪の岩木山がよく見えた。

青森料金所から東北道に入る
▲青森料金所から東北道に入る
東北道の津軽SA
▲東北道の津軽SA

東北道をひた走る!…目に浮かぶ「パリ・ダカ」出発シーン

津軽SAを出発すると東北道を南下する。交通量は極少。我が道を行くといった最高の気分。V-ストロームを走らせていると、1982年の「パリ・ダカール・ラリー」の出発のシーンがしきりと目に浮かんでくるのだった。

1982年の「パリ・ダカール・ラリー」に参戦▲1982年の「パリ・ダカール・ラリー」に参戦

カソリと風間深志さんは2人だけの「チーム・ホライゾン(地平線)」を結成し、1982年の第4回「パリ・ダカール・ラリー」に参戦した。日本人ライダーとしては初めての参戦。マシンはスズキの500㏄バイクのDR500だ。

スタート地点はパリのコンコルド広場。大勢の見物人がつめかけ、あちこちでフラッシュが光る。8時、いよいよスタート。テレビカメラ用のライトがこうこうと照り輝き、ラジオの中継放送ががなりたてる中、ゼッケン1番から順にスタートしていく。風間さんが81番、ぼくが82番。

ぼくたちのスタート時間は9時近かった。まずは81番の風間さんがスタートし、つづいてぼくの番になる。「チーム・オリゾン(ホライゾンの仏語発音)、ジャポネ(日本人)、タカシ・カソリ」 とアナウンスしている。

「5、4、3、2、1」とカウントダウンされ、いよいよスタートだ。コンコルド広場からシャンゼリゼ通りへと、パリの目抜き通りを埋め尽くした見物人の中を走っていく。凱旋門のまわりをぐるりと回り、環状線からN20(国道20号)に入っていく。

N20を南下していくと、交差点とか歩道橋の上には鈴なりの見物人。信じられないような光景だったが、フランス中が「パリ→ダカールラリー」に熱狂していた。SSTRに参戦して気分が高揚しているからだろう、そんな風間さんと走った「パリ・ダカ」がしきりと思い出されてくるのだった。

早朝から順調!次々と集められていくスタンプ

5時20分花輪SA(101キロ)、5時50分岩手山SA(159キロ)、6時20分紫波SA(208キロ)、6時50分前沢SA(262キロ)、7時20分長者原SA(320キロ)、8時50分国見SA(423キロ)、9時20分安達太良SA(480キロ)と東北道のSAでスタンプを押し、郡山JCTで磐越道に入る。9時50分磐梯山SA(522キロ)。

東北道の前沢SA
▲東北道の前沢SA
前沢SAで朝食。「カレーライス」を食べる
▲前沢SAで朝食。「カレーライス」を食べる
磐越道の磐梯山SA
▲磐越道の磐梯山SA
磐梯山SAの「赤ベコ」
▲磐梯山SAの「赤ベコ」

ところが会津坂下ICと次の西会津IC間が通行止…。その間は国道49号を行き、道の駅「にしあいづ」では道の駅のスタンプを押した。

道の駅「にしあいづ」
▲道の駅「にしあいづ」
道の駅「にしあいづ」で昼食。「きつねうどん」を食べる
▲道の駅「にしあいづ」で昼食。「きつねうどん」を食べる

新潟からは北陸道を行く。11時30分黒埼SA(646キロ)、12時20分米山SA(728キロ)、12時50分名立谷浜SA(775キロ)、14時00分有磯海SA(861キロ)と北陸道のSAのスタンプを押し、小矢部砺波JCTから能越道に入った。

能越道の小矢部東料金所に到着▲能越道の小矢部東料金所に到着

日没までのカウントダウン…勝負師カソリの挑戦!

978キロの七尾に到着したのは15時15分。ここで大勝負に出るカソリ。タイムアウトになるのを覚悟で能登半島突端の狼煙まで行く。

狼煙(1,086キロ)到着は16時55分。閉まる直前の道の駅「狼煙」で最後のスタンプを押し、そこからは時間との勝負で千里浜を目指した。

道の駅「狼煙」で最後のスタンプを押す▲道の駅「狼煙」で最後のスタンプを押す

なぎさドライブウエイで知られる千里浜に到着したのは18時50分。日没が19時10分なので、その20分前にゴールした。

「間に合った!」

V-ストロームのメーターは7,666キロ。青森港からの走行距離は1,222キロになった。

やった、千里浜に到着だ!
▲やった、千里浜に到着だ!
ここが千里浜のゴール。間に合った~!
▲ここが千里浜のゴール。間に合った~!

参加者内ダントツの距離を走破!夜はもちろん大宴会。

今回のSSTRには1,000台余りのバイクが参加したが、「1,222キロ」はダントツの1位。そのあとの「忠さん」こと鈴木忠男さん、風間深志さん、賀曽利隆のトークショーを終えると、温泉宿の「ゆ華」に泊まった。忠さんと同室だ。

湯から上がると宴会開始。忠さんが用意してくれた「スーパードライ」を遠慮なくいただき、次々に空けていく。前夜同様、宴会は延々とつづき、忠さんが「さー、寝ようか」と言ったのは1時を過ぎていた。

【賀曽利隆 コラム】SSTR参戦記(3)に続く

賀曽利隆

賀曽利隆冒険家・ツーリングジャーナリスト

投稿者プロフィール

1947年東京生まれ。
1968年から2年間をかけてアフリカを一周したのを皮切りに、バイクで世界の6大陸を駆け巡る。
1982年には「パリ→ダカールラリー」に日本人ライダー初の参戦。1987年には「サハラ砂漠往復縦断」。7度の「日本一周」を成しとげ、「70代編日本一周」を目指している。
ツーリングマップル東北の担当ライダーで、東北の道という道を精力的に走っている。
モットーは「生涯旅人!」

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