【賀曽利隆 コラム】アフリカ大陸縦断(4)

【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】

》【前回】アフリカ大陸縦断(3)

ナミブ砂漠の町へ。大西洋岸でキャンプ泊

ナミビアの首都ウィントフックから370キロ走って大西洋岸の町スワコップムントに到着。ここはナミブ砂漠の町だ。海岸のキャンプ場「アルテブリュッケ」に連泊した。

ナミビアの大西洋岸に立つ!▲ナミビアの大西洋岸に立つ!

日が落ちると寒くなるほど。空には三日月が見える。夕食を食べたあとは薪を買って焚火をする。焚火用の薪といっても安くはない。1袋50ナミビアドル。日本円だと約500円。砂漠の町なのだからそれも当然か。

焚火にあたりながらナミビア産のビール「ウィントフック」を飲んだ。1本10ドル(約100円)。ここでは韓国人の旅行者に出会った。彼は車でロシアのウラジオストックを出発。シベリアを横断し、中東のヨルダンから船でケニアのモンバサに渡ってここまでやってきた。ケープタウンがゴールで10ヶ月の旅を終えるという。

塩で固めた砂漠の道!?高速ダートをアクセル全開!

翌日はスワコップムントから北に130キロのケープ・クロスに行く。大西洋岸のナミブ砂漠の道は塩で固めた高速ダート。DR-Z400Sのアクセル全開で走ったが、舗装路以上に快適に走れる。世界にはこんな道もある。

北はアンゴラ国境から南は南アフリカ国境まで、大西洋岸沿いに1,300キロもつづくナミブ砂漠は南北に細長い砂漠。東西の幅は狭いところだと50キロ、広いところでも150キロほどでしかない。

ケープ・クロスの海岸で見た「世界の驚異」

ケープ・クロスの海岸では15万頭以上もいるというアザラシの大群を見た。我が目を疑うような光景。踏みつぶされて死んだアザラシの赤ちゃんを何頭も見る。ちょっといたましい光景だが、これが自然の摂理。ケープ・クロスは「世界の驚異」。

ケープ・クロスのアザラシの大群▲ケープ・クロスのアザラシの大群

遥か南を目指して走る!強烈な日差しと乾いた熱風が襲う

スワコップムントのキャンプ場「アルテブリュッケ」に戻ると、翌日は遥か南のケープタウンを目指して出発する。40キロほど先のウオルビスバイの町を過ぎると幅広のダートに突入。路面は整備され、けっこう固く締まっているので高速で走れる。

ただし砂溜まりなどでハンドルをとられると、そのまま吹っ飛んでしまうので要注意。強烈な日差しを浴びながら走るので、頭がクラクラしてくる。乾いた熱風をまともに受けて走るので、あっというまに口びるが割れ、のどがひきつるように痛んでくる。

熱帯圏から温帯圏への境界越え

南回帰線に到達。ここには「Tropic of Capricon」の表示板が立っている。我々はその前にバイクをズラリと並べて記念撮影をした。南緯23度26分の南回帰線は熱帯圏と温帯圏を分けているが、南回帰線を越えて南下しても、ジリジリと大地を焼き尽くすような日差しの強さは変わらない。

灼熱の南回帰線に到達!▲灼熱の南回帰線に到達!

砂丘のてっぺんから眺めた、金色の夜明け

スワコップムントから375キロ走ると、ナミブ砂漠観光の拠点「セスリエム・キャンピング」に到着。翌朝は「デューン45」と呼ばれる砂丘を登った。砂丘のてっぺんに立つと、山の端から朝日が昇った。朝日を浴びて金色に輝く砂丘の美しさにはもう大感動。

しばらくは砂丘のてっぺんに座り込み、刻一刻と移り変わっていく色の変化を眺めつづけた。

ナミブ砂漠の「デューン45」に登る▲ナミブ砂漠の「デューン45」に登る

さらに南へ。世界屈指の峡谷を見おろす

ナミブ砂漠の高速ダートを行く▲ナミブ砂漠の高速ダートを行く

ナミブ砂漠を南下する。アメリカのグランドキャニオンと並び称されるフィッシュリバーキャニオンと、ナミビアで一番の温泉といわれるアイアイ温泉に寄り、国境のオレンジ川を渡る。

朝日を浴びたフィッシュリバーキャニオン
▲朝日を浴びたフィッシュリバーキャニオン
ナミビアのアイアイ温泉に入る
▲ナミビアのアイアイ温泉に入る

ナミブ砂漠の1,000キロ超のダートを走り切り、南アフリカに入ったのだ。ここからはケープタウンまでの全線が舗装路になる。

ナミブ砂漠の高速ダートで記念撮影
▲ナミブ砂漠の高速ダートで記念撮影
南アフリカの国道7号を南下する
▲南アフリカの国道7号を南下する

アグラス岬で、地球を手玉に!

アフリカ大陸最南端のアグラス岬に到着。岬の突端には「アフリカ大陸最南端」碑が建ち、それには「あなたは今、アフリカ大陸最南端の地に立っています」と英語と南アフリカの公用語のアフリカーンスで書かれている。

アグラス岬の「アフリカ大陸最南端」の碑▲アグラス岬の「アフリカ大陸最南端」の碑

目の前の青い海に別に線が引かれている訳ではないが、ここで右手の大西洋と左手のインド洋の2つの大洋に分かれる。アグラス岬に立っていると、まるで地球を手玉にとっているかのような壮大な気分を味わうことができた。

アグラス岬から200キロ走ってついにケープタウンに到着。ナイロビを出発してから28日目、7,232キロを走ってのケープタウン到着だ。

やったー、ケープタウンに到着だ~!▲やったー、ケープタウンに到着だ~!

ケープ半島南端へ。喜望峰で蘇る「あの日」のシーン

我々の旅はまだつづく。ケープタウンからさらに南へ80キロ走り、ケープ半島南端の喜望峰へ。道の尽きる地点には「CAPE OF GOODHOPE 18°28′26″EAST 34°21′25″SOUTH」の碑が立っている。

喜望峰を真下に見下ろす▲喜望峰を真下に見下ろす

岬突端の岩場に立つと、真っ青な大西洋に向かって「ウォォォー」と雄叫びをあげるのだった。

喜望峰で雄叫びを上げるカソリ▲喜望峰で雄叫びを上げるカソリ

17歳の夏の日が思い出されてならなかった。

「アフリカに行こう!」と思い立った「あの日」のシーンが、まざまざとまぶたに浮かんでくる。高校の地理の地図帳の「アフリカ」を開き、ケープタウン(南アフリカ)とアレキサンドリア(エジプト)を結び、定規でピーッと赤線を引いた「あの日」のシーンだ。

「よーし、この線でもって、アフリカ大陸を縦断しよう」と17歳のカソリは、固く決心した。その決心通り、20歳のときに「アフリカ大陸縦断」に旅立ったのだった。

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▲20歳の「アフリカ大陸縦断」。ローデシア(現ジンバブウェ)で

【関連ニュース】
◆【賀曽利隆 コラム】我がバイク旅の原点

7,395キロを走破。旅の終わりと新たな「野望」

名残おしい喜望峰に別れを告げ、我々はケープタウンに戻った。これにて「アフリカ大陸縦断」は終了。ナイロビからの距離は7,395キロになった。

「ナイロビ→ケープタウン」の全行程をノントラブルで走りきってくれた相棒のDR-Z400Sには、「ほんとうによく走ってくれた。DRよ、ありがとう!」と心からのお礼をいった。

さー、次は「アフリカ大陸縦断」の後編だ。いつの日か、「ナイロビ→アレキサンドリア」を走ろう!

喜望峰での最後の記念撮影▲喜望峰での最後の記念撮影

賀曽利隆

賀曽利隆冒険家・ツーリングジャーナリスト

投稿者プロフィール

1947年東京生まれ。
1968年から2年間をかけてアフリカを一周したのを皮切りに、バイクで世界の6大陸を駆け巡る。
1982年には「パリ→ダカールラリー」に日本人ライダー初の参戦。1987年には「サハラ砂漠往復縦断」。7度の「日本一周」を成しとげ、「70代編日本一周」を目指している。
ツーリングマップル東北の担当ライダーで、東北の道という道を精力的に走っている。
モットーは「生涯旅人!」

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