【和歌山利宏 コラム】あの欧州でさえ、今は速度に寛容でなくなった

【和歌山利宏:モーターサイクルジャーナリスト】

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“速度は出せるだけ出せばいい” -35年以上前

もう35年以上も昔になりますが、初めて欧州の道を走ったとき、強烈なカルチャーショックを受けたものです。そこには、速度は出せるだけ出せばいいという世界があったのです。

高速道路の追い越し車線を、後方に追従する車輌とともに180km/hで走行していたとします。そんなとき、前方に遅い車が現れても速度を落としてはいけません。流れを乱すことが危険につながるからです。追い越し車線で後方から追い付かれそうになったら道を譲るという常識を守ってくれると信じるのです。

片側2車線で対面通行の一般道で、そこが比較的幅広で3台の四輪車が併走できる余裕があったとします。そんな状況では130km/hぐらいが常識的な速度でしょうか。前方に遅い車輌が現れたら、対向車があっても、お構いなしに追い越していきます。

初めてその光景を目の当たりにしたときは、正面衝突という事態を予想し恐怖に固まったものです。
でも何と、追い越される車も対向車も両サイドに寄り、中央に追い越し車の幅が生まれたのです。皆が的確に状況判断する集中力を保つことで交通が成り立っていたのです。

ワインディングでは全開が基本! -25年前

さらに、25年近く前にジャーナリストとして始めた欧州での公道試乗も衝撃的でした。ワインディングではサーキットのように全開が基本だったのです。着いていくしかなく、もう必死の思いでした。

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警察も気にしない?高速道路での300km/h走行 -17年前

また17年前、ハヤブサで欧州の連中と高速道路での300km/h走行に挑戦したときのこと。前方に推定速度140km/h程度のパトカーを発見した私は、中央車線に戻り速度を落としました。

なのに連中は行け行けと私に合図しながら追い越していきます。パトカー側も気に介せずで、私も再び飛ばし始めたのですが、パトカーが我々に追い着けるわけがないのはともかく、速度に寛容なことを再認識させられたものです。

安全と社会性重視へ -近年

そんな欧州の交通事情も近年、大きく変貌しました。10年余り前から多くの高速道路で最高速度が130km/hになり、速度取り締まりも厳しく、また世界各地からの移民の流入で交通量も増え、以前のようには走れません。

180km/hからの追い越し加速が求められた動力性能が、130km/h付近でのトルクが求められる現実的なものになってきていることには、そうした背景もあるのです。

それに、1~2年前から我々の公道試乗のペースも、ツアーガイドに先導された常識的なものになってきています。安全と社会性が求められているのです。

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交通常識は土壌の上に成り立つ

ただ、欧州では常識の範囲内であっても、日本では警察が緊急出動するペースかもしれません。でも、これは致し方ありません。交通はその地の土壌の上に成り立っているからです。欧州だって、事情は変わってきているのですから。

Webikeニュース編集長の佐川さんは、最近のコラムで2件ばかり日本でのワインディング走行に対しての問題提起をしています。
大切なのは、郷に入らば郷に従い、その場に溶け込むことだと考えています。欧州では日本の常識では危険なこともあります。
そして日本は欧州の交通常識ではなく、日本の常識の上に成り立っているのですから。

【関連コラム】
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【ケニー佐川 コラム】箱根でのジャーナリスト死亡事故について思うこと
和歌山利宏

和歌山利宏 モーターサイクルジャーナリスト

投稿者プロフィール

1975年にヤマハ発動機に入社。ロードスポーツの開発に携わる。
レーシングライダーとしても活躍し、鈴鹿8耐第4回大会では4位入賞。
85年からはヨコハマゴム契約となり、タイヤの開発テストを行うとともに、
ワイルドカード参戦した87年の日本GPでは、250ccクラスで11位に入る。
90年からはジャーナリストとしての活動を始め、現在に至る。

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