【賀曽利隆 コラム】アフリカ大陸縦断(1)

【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】

「ナイロビ→ケープタウン」のアフリカ大陸縦断の旅へ!

2013年12月18日、「アフリカ大陸縦断」の出発の朝を迎えた。ケニアの首都ナイロビの「オソイタロッジ」に泊まったのだが、コーンフレーク、クレープ、目玉焼き、ベーコン、ソーセージといった朝食を食べて出発。

今回の「アフリカ大陸縦断」(ナイロビ→ケープタウン編)は旅行社「道祖神」のバイクツアー、「賀曽利隆と走る!」シリーズの第18弾目。我が相棒はスズキの400ccバイク、DR-Z400S。バイクツアー参加者の11名のみなさんと一緒に走り出す。

メンバーの最年長は70歳の榛澤さん。バイクはヤマハのセロー。榛澤さんとは「南米・アンデス縦断」を一緒に走ったが、セローはそのときのものだ。

ナイロビの「オソイタロッジ」を出発
▲ナイロビの「オソイタロッジ」を出発
我が相棒はDR-Z400S
▲我が相棒はDR-Z400S

2番目の国、「ライスがうまい」タンザニアへ

ナイロビから170キロ、ナマンガの国境を越え、2番目の国、タンザニアに入った。ナマンガからアルーシャに向かって南下すると、前方には標高4,556メートルのメルー山が大きく見えてくる。

タンザニアに入る。アカシアの木を見ながら小休止▲タンザニアに入る。アカシアの木を見ながら小休止

国境から100キロでメルー山麓の町、アルーシャに到着。町中を走り抜け、郊外の「ンドロ・ロッジ&キャンプサイト」へ。ここが我々の第1夜目の宿泊地。街道から500メートルほど入ったところにある。

きれいに刈られて草の上にテントを張ると、キャンプ場内のバーに行く。メンバーのみなさんと冷えたビールで乾杯。ビールは「タスカー」。1本3,000シリングで、日本円にすると約180円。

夕食はキャンプ場内のレストランで「チキン&ライス」を食べた。タンザニアのライスはうまい。キャンプ場の周辺は一面の水田。農民たちは稲穂を刈り取り、ビニールシートの上で穂を落とし、それを袋に詰めていた。

メルー山麓の水田地帯では稲の収穫の最中▲メルー山麓の水田地帯では稲の収穫の最中

快晴の中、雪が輝くキリマンジャロ方面へ走る

翌日は夜明けとともに起きた。天気は快晴。目の前のメルー山には、まったく雲がかかっていない。右手に見えるアフリカ大陸最高峰のキリマンジャロにも雲はかかっていない。西の空には十六夜の大きな月が残っていた。

キャンプ場内のレストランで朝食を食べると、メンバー全員で「目指せ、ケープタウン!」と叫んで走り出す。キリマンジャロが大きく見えてくる。青空を背にしたキリマンジャロの雪はまぶしいほどに光り輝いている。

アフリカ大陸最高峰のキリマンジャロが見えている▲アフリカ大陸最高峰のキリマンジャロが見えている

キリマンジャロ山麓の町、モシからはタンザニアの首都ダルエスサラームに通じる幹線国道を行く。大型トラックや長距離バスなど交通量は多い。このあたりからアフリカのシンボル、バオバブの木を目にするようになる。

国道沿いのバオバブの大木の下にバイクを止めて小休止。それを見て近くの村からは、子供たちが「ワーッ!」と歓声を上げて集まってきた。我々のバイクは大人気だ。

バオバブの木の下で。我らの紅一点_平本さんは大モテだ▲バオバブの木の下で。我らの紅一点、平本さんは大モテだ

モロゴロへ向かい、アフリカの「食」をいただく

モシから380キロほど走ると、タンザニアの首都ダルエスサラームとザンビアの首都ルサカを結ぶ国道1号に出る。このチャリンゼの交差点を右折してモロゴロへ。

チャリンゼのT字路に到着。ここを右折してモロゴロへ▲チャリンゼのT字路に到着。ここを右折してモロゴロへ

街道沿いのホテルで泊まったが、夕食は「ウガリ・ナ・セマキ」だ。ウガリはスワヒリ語でトウモロコシの粉を熱湯で練り固めて餅状にしたもの。ケニアやタンザニアの主食になっている。セマキはスワヒリ語で魚のこと。

皿にはウガリと焼き魚が1匹、のっている。それに汁がついている。ウガリを手でつかみ、丸めて汁をつけて食べるのだが、これがアフリカの食の基本。西アフリカのサバンナ地帯では雑穀を粉にし、同じようにして食べる。

西アフリカの熱帯雨林地帯ではタロイモやヤムイモ、キャッサバのイモ類やプランタイン(料理用バナナ)を煮たて、それを臼で搗いてやはり同じような餅状にして食べる。

夕食の「ウガリ・ナ・セマキ」。これぞアフリカの食文化▲夕食の「ウガリ・ナ・セマキ」。これぞアフリカの食文化

野生動物たちとご対面!

モロゴロから50キロほど走るとミクミ・ナショナルパークに入る。東アフリカのナショナルパークはどこも2輪は通行禁止だが、ミクミ・ナショナルパークのように幹線道路が通っているところは自由に走れるし、入園料は取られない。

ここではキリンやシマウマ、バッファロー、インパラ、トムソンガゼルなど、次々に野生動物を見た。キリンの群れと出会ったときは、思わずDR-Z400Sを止めて見入ってしまった。

ミクニ・ナショナルパークではキリンの群れを見る▲ミクニ・ナショナルパークではキリンの群れを見る

2車線のハイウェイを疾走!強引な大型車両が接近…

イリンガの「キンランザファーム・キャンプ場」に到着▲イリンガの「キンランザファーム・キャンプ場」に到着

イリンガを通り、国境のムベヤの町へ。2車線のハイウェイを100キロ超で走る。大型バスや大型トラックも100キロ前後で疾走する。

恐いのは対向の大型バスの無理な追い越しだ。我が愛車のDR-Z400Sが相当、接近しているというのに、大型バスは強引に追い越しをかけてくるのだ。衝突を避けるために速度を落として路肩に逃げたが、それがたび重なるとだんだん腹がたってくる。

「よーし!」とばかりに、対向の大型バスが無理な追い越しをかけてきたときは最後の最後まで速度も落とさず、逃げることもしないで走りつづけた。大型バスは「ブブブブーーーー」とクラクションを鳴らしつづける。最後の瞬間で左に避けたが、大型バスの運転手は青い顔をしていた。

国道1号を走るスカニアやDAFの大型トラック▲国道1号を走るスカニアやDAFの大型トラック

高原地帯を走り、マラウィ国境へ

ムベアからはザンビア国境に通じる国道1号を離れてマラウィ国境へ。高原地帯を縫って走る。

通り過ぎていく集落の周辺は一面のバナナ園。丘陵地帯の斜面は一面の茶畑になっている。タンザニアはキリマンジャロ・コーヒーでよく知られているが、このように茶も栽培されている。

ムベア郊外の茶畑▲ムベア郊外の茶畑

ムベアから25キロ走るとマラウィ国境に到着。バイクを止めると、マネーチェンジャーたちが集まってきた。ここには両替所がないので、騙される危険を覚悟で替えてもらったが、幸いたいしたトラブルもなく、マラウィのお金のクワチャを手に入れた。

国境のマネーチェンジャー▲国境のマネーチェンジャー

国境越えの醍醐味

第3番目の国、マラウィに入ると、東アフリカの共通語のスワヒリ語はもうほとんど通用しなくなる。

国境の食堂で「シーマ」を食べたが、それは東アフリカのウガリとまったく同じもの。国境を越えるとこのように言葉が変わり、民族が変わるが、変わらない文化もある。それらを見られるのが「国境越え」の最高のおもしろさといっていい。

国境の食堂
▲国境の食堂
国境の食堂でシーマを食べる
▲国境の食堂でシーマを食べる

【賀曽利隆 コラム】アフリカ大陸縦断(2)に続く

賀曽利隆

賀曽利隆冒険家・ツーリングジャーナリスト

投稿者プロフィール

1947年東京生まれ。
1968年から2年間をかけてアフリカを一周したのを皮切りに、バイクで世界の6大陸を駆け巡る。
1982年には「パリ→ダカールラリー」に日本人ライダー初の参戦。1987年には「サハラ砂漠往復縦断」。7度の「日本一周」を成しとげ、「70代編日本一周」を目指している。
ツーリングマップル東北の担当ライダーで、東北の道という道を精力的に走っている。
モットーは「生涯旅人!」

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