「ベーシックモデルあってこその究極形」

【和歌山利宏:モーターサイクルジャーナリスト】

私は、先月のこのコラムにおいて、バイクとは本来、日常的な足として使いながら、気が向けばどこでも遊べるものであるべき、と書きました。

その背景には、近年の高性能バイクは、私達人間との距離が広がっていることがあります。先進国におけるバイク離れには、そのことが一因であるとも考えられたからです。事実、スーパースポーツの市場はリーマンショック以降、見事なまでに衰退してしまいました。だから、「トレンドは原点回帰」は然るべき流れというわけです。

ところが、私は非日常的な究極化した、高性能バイクを否定するつもりは毛頭ありません。バイクをよりコントロール化に置き、速く走れることはライダーの夢であり、私自身、今もそうしたマシンへの憧れの気持ちは萎えていません。それにそう思うのは私だけではなかったはずです。

そんな折、センセーショナルなモデルが登場しました。ヤマハYZF-R1です。コンセプトをサーキット走行に据え、V・ロッシを始め、現役のトップライダーがテスト、コストをもいとわない設計ポリシー、モトGPマシンに準じた電子制御装置の投入など、多くの市販モデルとは一線を画したものとなっています。

私は、先日、このニューR1に試乗する機会を頂きました。その印象はずばり、洗練されたレーシングマシンそのもので、久々に感激したバイクとなりました。マシン構成だけでなく走りも、既存のスーパースポーツとは一線を画していたのです。

ただ、この新型R1に乗って本当に楽しむことのできるライダーは、レース経験のある上級者に限られるというのも偽らざる気持ちです。
価格も標準型のR1でさえ優に200万円を越すと思われ、誰もが手を出せるものではないでしょう。

でも、それでいいんだと思います。こうした究極形に誰もが安易に乗ってきた状況のほうが異常だったのかもしれません。原点回帰のベーシックモデルが主流であるためには、こうしたハイエンドモデルが必要なのです。

和歌山利宏

和歌山利宏モーターサイクルジャーナリスト

投稿者プロフィール

1975年にヤマハ発動機に入社。ロードスポーツの開発に携わる。
レーシングライダーとしても活躍し、鈴鹿8耐第4回大会では4位入賞。
85年からはヨコハマゴム契約となり、タイヤの開発テストを行うとともに、
ワイルドカード参戦した87年の日本GPでは、250ccクラスで11位に入る。
90年からはジャーナリストとしての活動を始め、現在に至る。

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