DUCATI 1199パニガーレ そこから全てが始まった

DUCATIパニガーレがたった一回のミーティングから生まれたものであったらどんなに素晴らしいだろう。
恐ろしいほどの数のアイディア、猛烈に強いエスプレッソ、デザイナーによって殴り書きされたスケッチブックによって、たった一回のミーティングで生まれたものだとしたら…
しかし当然一回だけのミーティングで生まれたなどということはなく、このバイクはいくつものアイディアによって生まれたバイクであり、革命的なスーパークアドロエンジンの電子的な設計は、DUCATIのトップが次世代のスーパーバイクの計画を考え始めた2007年にまでさかのぼる。

さらにさかのぼって2006年の終わりごろ、DUCATIの内部の人間は将来のスーパーバイクが向かう方向について多くを語りたがらなかった。
DUCATIのジェネラルマネージャーのClaudio Domenicaliは「1098を発表した2006年の終わり。このプロジェクトの初期段階では、どのように後継となるバイクを作るかについて決まっていたことはほとんどなかった」と語る。
2008年に1199パニガーレのプロジェクトは発足したが、それまでにミーティングが何回か行われていたとはいえ、プロジェクトチームは組まれていなかった。

既存のモデルを進化させることは安上がりで簡単な手段だったが、その手法をとっていたら既存の技術から抜け出すことは出来なかった。
しかし、スーパークアドロエンジンの存在によってそれまでに超えられなかった問題を克服することが可能になった。

2006年の9月にデザイナーのGianandrea Fabbroが書いた最初のスケッチが1199パニガーレのデザインの元となっている。これは彼が1098に関する仕事を仕上げた数週間後、そしてDUCATIが新しいスーパーバイクの設計を宣言した2年前のことだった。

「なんでこんなに早く実現したんだろう?」とFabbroは笑う。
というのも、彼の夢は新しいDUCATIのスーパーバイクのデザインをすることだったからだ。(Fabbroは新型ムルティストラーダ1200のリードデザイナーでもある。)

「最初に書いたデザインは面白半分だったんだ!他にはこんなデザインは無いだろうと思っていたけど、自分の夢は何かとても現代的でコンパクトさと技術をデザインの中に同居させることだった。このデザインは午後一杯かかり、鉛筆で書いたものだったのですぐに消すことが出来たよ。」
「自分は916のような必然からくるデザインを纏ったバイクをデザインしたかった。エンジンが出来る限り見えるようなつくりにしたかったし、フロントホイールの周りに全てのものが凝縮しているような視覚的に重厚感のあるデザインにしたかった。」

DUCATIは新型バイクのデザインにあたり社内でコンペティションを開催し、誰がこのバイクのデザインを担当するかを決めた。選ばれたデザイナーから提出されたデザインのうち3つが最終的に選ばれた。

そのうち2つのデザインがフルサイズのクレイモックを作るために選ばれたが、モックはデザインを見極める為に着色は許されなかった。
結果としてFabbroのデザインがパニガーレのデザインとして採用されたのだった。

そして2008年1月、コードネーム「0801」1199パニガーレのプロジェクトがスタートした。

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